11月例会は、近江の国「上平寺城・京極館跡」を訪れました。
案内は、白川さんです。
米原駅に集合し、貸し切りバスで麓まで移動しました。
バスを降りました。さあ上平寺城へ向かいます。遠くに伊吹山が見えます。
麓には、京極氏館跡や家臣の屋敷跡がありますが、まずは素通りで、すぐに山道を登ります。
落ち葉を踏みしめて、比高約300メートルをひたすら登ります。巨大な竪堀が現れました。
大きな竪堀を見つつ、やっと「三の丸跡」に到着しました。
三の丸はとても広い廓で、いくつかの段差のある区画に分かれています。
見晴らし良く気持ちのいい、とても整備された城郭です。
紅葉と落ち葉に囲まれて昼食をとりました。
上平寺城は京極氏が築城したのが始まりです。
京極氏から実権を奪った浅井氏が織田信長と絶縁関係になった時(元亀騒乱)、美濃から進行してくる織田軍に対し境目の城として整備したそうです。
現在までその痕跡がよく残っています。
三の丸を過ぎると堀切があり、土橋を通っていきます。両側に切岸が迫っています。
二の丸の虎口です。通過するときに、城を攻める武者の気持ちになることができました。
本丸を目指して登っていきます。左手に土塁を見ながら進みます。
本丸跡です。大きな屋敷があったことが分かります。
左下は関ケ原、約七キロの距離です。
眼下の越前街道のみならず、北近江一帯から関ケ原盆地、果ては濃尾平野も望めます。
地元住民の刈込などメンテナンスが行き届き、全貌の観察が容易です。
弥高寺の遠望です。
近隣には織田との戦いに備えて浅井氏が整備した長比城などもあり、またの機会に訪れたいと思いました。
京極氏館跡には、最奥部に二つの池を持った立派な庭園があったそうです。
わずかに残った庭石が、往時をしのばせています。
県道に分断された、家臣屋敷地も見学し、待機していたバスに乗り、米原駅まで戻り解散しました。
きつい登りと降りでしたが、上平寺城は初めて訪れた会員も多く、充実した例会でした。
白川さん、ご案内有難うございました。参加された皆様もお疲れさまでした。
(山ken)
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