安土城 滋賀県 近江八幡市 5月24日 例会

5月例会は安土城を訪れました。
安土駅北口広場に集合しました。
駅前の信長像がまるで、これから安土城へ向かう私達を迎えてくれているようです(^_^)
訪城前の気持ちが高まりますねー‼

駅からはバスでまず安土城考古博物館に向かいます。

博物館に到着しました。
ここで始めの会をします。
今日の参加者は32名。担当は塚本さんです。
よろしくお願いします。

館内の解説は安土城考古博物館専門員の方にしていただきました。
地形模型を見ると、安土城の領域の広さがよく分かりました。
館内には、安土城で見つかった金箔瓦なども見ることができて皆さんテンション上がっていました。
今から行くのが楽しみですね~

バスで移動して安土城に到着しました。
安土城の案内は、近江八幡市文化振興課の学芸員の森山さん、宮川さん、山田さんにお願いしました。
よろしくお願いします。

まず正面に安土城のシンボルともいうべき大手道が目に入ります。
180mほどまっすぐに続く石段の迫力に圧倒されます。
あまりに直進的でお城の防御性は薄いようにも感じられますね…信長が権力を見せつけるために築いたのか…?、天皇の行幸のために造ったものなのか…?
皆さんいろいろな説を話しながら登っていきます。

大手道の左右には、伝前田利家邸跡や伝徳川家康邸跡が残っています。
ここは、伝羽柴秀吉邸跡です。
とても広い敷地です。入口には壮大な櫓門が建っていたそうです。

伝秀吉邸跡は2段の曲輪に分かれています。
上の曲輪にも向かいます。
本当にこんな広い敷地が秀吉の屋敷跡だったんでしょうかね…(^^)💦

どんどん登っていきます。
キツい石段ですが皆さん頑張ってください。

ここは茶人、武井夕庵邸跡です。古井戸もありました。
石垣は古そうですが当時のままのものなのでしょうか?皆さん熱心に観察されています。

だいぶ登ってきました。ここには森蘭丸、織田信澄屋敷跡があったと伝わる場所です。
頂上に近い場所に屋敷跡があることからも信長から破格の待遇をうけていたことが伝わってきますね。

黒金門までやってきました。
ここからは安土城の中枢部に入っていきます。

二の丸石垣には初期の頃の算木積みが残っています。

これは、仏足石だそうです。お釈迦様の足跡を表現した大変貴重な石までもが、ただの石と同様に石垣に使われていたなんて本当にびっくりですね。

あと少しで到着です。

本丸跡にやってきました。
千畳敷とよばれるこの場所は沢山の礎石が見つかっていて天皇行幸の時に使われる御殿が建っていたそうです。その御殿は三の丸や天守取付台と渡り廊下で繋がっていたのではないかということです。
すごいですねー、さすが画期的な発想力を持った信長のお城ですね。

もうすぐ、天守台です

天守台の穴蔵に到着しました。
大きな礎石が残っています。この礎石の上に五層七階の豪華絢爛な天主が建っていたのかぁ…と想像を巡らせます。焼けずに残っていたらどんなに素晴らしかったことでしょうね。

天守台跡からも発掘で見つかった壺などがあったそうです。

天守取付台では令和の発掘調査が行われているところで、ここからも礎石がたくさん見つかっているそうです。
今後の発掘調査の結果に期待が膨らみますね~!

天主台東面の石垣です。
意図的な破城があったのでしょうか⁇

次に摠見寺の本堂跡のほうへやってきました。
ここからは琵琶湖の内湖がすぐ近くに見えます。当時は湖に突き出た岬のようになっていたそうです。

信長が甲賀から移築したと伝わる重要文化財の三重塔です。
安土城のすべての時代を見届けてきた三重塔に感慨深いものがあります。

重要文化財の二王門
よく焼けずに残ってくれました。

下山してきました。
ここで、安土城の見学は終わりです。
学芸員の森山さん、宮川さん、山田さんありがとうございました。

バスで移動して常楽寺舟入跡にやってきました。
ここからの解説は塚本さんにお願いしました。

安土城だけでなく港を見学することで、信長が琵琶湖の水運を巧みに利用したネットワークを作り、物資の輸送や人々の移動を考えて理想の城造りをしていたことがよく理解できました。

安土駅に戻ってきました。これで5月例会は終了です。
担当の塚本さん、ありがとうございました。
参加者の皆さん、お疲れさまでした。

ブログを読んでくださった会員外の方、お城に興味のある方、
ぜひ一緒にお城を巡りましょう。
ホームページにあるお問い合わせフォームにお気軽にご連絡ください。

       文 画像 西mura    動画 大hara

目次
閉じる