2月例会は伊賀城館群を訪れました。
この日の参加者は29名でした。
朝から暖かく、3月中旬のような天候です。

集合は柘植駅です。柘植が読めますか? 「つげ」駅です。
柘植駅は、県内で一番古くからある駅だそうです。

柘植駅のホームには、あちこちに忍者の人形がありました。
さすが、忍者の里です。
あっ こんなところにも

みんなバスに乗り込んで、さあ出発です。

伊賀サービスエリアに着きました。
始めの式を行います。今回の担当は私、田中です。
現地の説明は、伊賀市教育委員会文化財課の学芸員の清山さんにお願いしました。
清山さん、よろしくお願いします。

午前中は伊賀市の川東地区を巡ります。
忍者の里の雰囲気がひしひしと感じられる地区でした。

壬生野城に着きました。
古い墓石群がたくさん配置されていました。
これは、天正伊賀の乱で亡くなった伊賀衆のものであると伝えられています。

壬生野城は、天正伊賀の乱の時に多くの伊賀衆が立て籠もった城です。
その時の状況に思いを馳せながら進んでいきます。

堀の一部に水が溜まっているところがありました。
水堀であったと考えられます。

主郭に来ました。高い土塁で囲まれています。
ここに、多くの伊賀衆が立て籠もっていたのでしょうね。

主郭を囲んでいる土塁のところどころに切り込みがありました。
この切り込みは何のためのものなのか、学芸員さんの説明を聞きました。
みんな、食い入るように聞いていました。

次に川東の町中を巡ります。
多くの特徴的な伊賀の館跡が多くありました。
ここは、三根氏の館跡です。

沢村氏の屋敷跡です。
周囲の土塁が、ほとんどそのまま残っています。
これを見ると、当時にタイムスリップしたような感じでした。

沢村氏の先祖である沢村甚三郎保祐は、ロシア船を探索した人物だそうです。

大深氏館跡です。
歩いて行くと、このような館があちこちにあり、感動します。

心地よい空気で、のどかな伊賀の雰囲気を満喫することができました。

五百田氏(いおだし)の館跡です。
北側の土塁が二重になっているのが分かりますか。

沢氏館跡です。
ここもしっかりとした土塁で囲まれています。
伊賀地区の館跡は、今でもその子孫の方がそこで生活しています。
いつまでも、その風景を残して行きたいものです。

歴史を感じながら、春日神社を目指します。
みんな、もくもくと歩いています。

春日神社に着きました。ここで昼食です。

春日神社とその背後の春日山城の説明を聞きます。
伊賀地区の多くの郷士たちが、ここで集まって話し合った重要な場所でした。

午後からは、柘植地区へバスで移動し、福地城を目指しました。

福地氏の館跡に来ました。
結構広大な土地です。
これを見ると、福地氏が当時、大きな勢力を持っていたことが分かります。

福地城の主郭を目指します。
気持ちが高まってきました。どんな、城でしょうね。ワクワク

目の前に、いきなり立派な石垣が現れました。驚きです。

しっかりした石垣です。
これは、福地氏のもの? その後の池尻氏が築いたもの?
興味は尽きないです。

石垣をじっくり見ると、何かを語っているようです。
福地城も伊賀の歴史に大きく関わっています。

急に、石垣で囲まれた狭い通り道に出会いました。
これは何?
櫓の穴蔵ではないかと思われます。

みんな、真剣に聞き入ってますね。
ここに櫓が立っていたことは、礎石から想像することができました。

徳永寺に着きました。
徳川家康が伊賀越えの時に立ち寄ったとされる歴史的に重要なお寺です。

徳永寺のご住職に、伊賀越えや福地氏との関係などの説明を受けました。
いくつかの質問にも丁寧に答えていただきました。
ご住職の静永さん、ありがとうございました。

ご住職に、お寺の裏にある福地氏のお墓を案内していただきました。
歴史の重みを感じることができます。

屋根の鬼瓦に「立ち葵」の紋がありました。
これを見ると、徳永寺が特別なお寺であることが分かります。

柘植駅に戻ってきました。
ここで2月の例会は終わりです。
分かりやすい説明をしていただいた学芸員の清山さん、ありがとうございました。
伊賀の町を歩いて回ることにより、伊賀の歴史の一端を感じられることができました。
参加者の皆さん、お疲れ様でした。
ブログを読んでくださった会員以外の方、お城に興味あるあるかた、
ぜひ一緒にお城を巡りましょう。
ホームページにあるお問い合わせフォームにお気軽にご連絡ください。
写真 西mura 山uti 文 田naka 動画 大hara

